国内外の主要レースで多くの優勝・入賞を誇る車いすマラソンのパイオニア、山本行文さん。不慮の事故で両下肢に障害を負い、車いす生活を余儀なくされた中で出合った車いすマラソンの存在は、彼の人生に一筋の光をもたらしました。持ち前のチャレンジ精神を発揮し鮮やかな活躍を見せたアスリート生活を振り返るとともに、パラ競技の魅力や現在力を入れている後進育成、社会福祉にスポットを当てます。
※本書は2022年8月20日から9月22日まで熊本日日新聞に連載された「わたしを語る 可能性へのチャレンジ」に新たなエピソードを加筆し再編集したものです。
<目次>
パラリンピックが照らした道
第1章 誕生、少年のころ、そして青春
川と山と、母の背中と―私の原風景―
三日坊主とバレーボール
胸にタオル、手に夢―泥だらけの青春譜
使命に目覚めた日々―自衛官としての第一歩―
夢膨らむ自衛隊で
第2章 模索の日々からつかんだ確かなこと
苦悩の闘病生活と見えた支え
立ち上がる決意―車いすから始まる再生への道―
新たな道への模索と運命との出会い
第3章 仲間の支えと世への展望
ゼロからの挑戦―初めての車いすマラソンへ―
限界を超えるために―仲間と作った日本初のトレーニングマシン―
親友の技術と音楽に背中を押されて―フルマラソン初挑戦へ―
初めてのパラリンピック本番―苦闘と学びの42・195�辧�
世界の舞台への挑戦と試練
限界を超える工夫―頸髄損傷の選手たちから学んだこと―
残された力を信じて―グットマン博士の教えと再起への道―
第4章 越えるべきもの、その先へ
二刀流の挑戦と新たな扉の予感
熊本での新たな挑戦―医療ソーシャルワーカーとしての出発―
生活の基盤を整え、夢を形に―バスケと海外遠征、そして勉強―
ホノルルの朝陽とともに―海外大会初優勝の瞬間―
ホノルルの感動、そして�犹戮┐覘畭Δ瞭擦�
ボストンマラソンへの挑戦
第5章 転機―新たなる挑戦
感謝と出会いが人生を変えた
夫婦でつかんだソウルへの切符
次なる高みへ―ソウルからの学びと飛躍―
バルセロナ出場と突然の異変
選手から指導者へ―コーチとしての挑戦―
再びスポーツの舞台へ―冬季パラ聖火と競技復帰―
誰もが参加できる大会を目指して
副団長として臨んだ北京パラリンピック
�狆磴�い者の�瓩任呂覆��狆磴�い者も�� ―ユニバーサルデザインに想うこと―
第6章 感謝が育む次代
次世代を育てる―熊本から世界を目指して―
35年の感謝とこれからの志―車いすスポーツでつなぐ未来―
思わぬ試練、そして「もう一度、生きる」
70歳、限界への挑戦
「ありがとう」を力に変えて
私の競技用車いすの変革
車いす陸上競技用グローブ(選手のオリジナルグローブ)
著者プロフィール
国内における車いすマラソンの第一人者。自衛官在職時、不慮の事故から両下肢の機能を無くす。失意の日々を送る中、車いすマラソンとの出合いが転機となった。
当時は車いすマラソンのトレーニングが確立されていない時代。独自の練習方法を編み出しながら全力投球で挑戦し頭角を現した。初めて挑んだ1982年の「第2回大分国際車いすマラソン大会」で国内選手中2位の好成績を挙げ、以降、83年の初優勝から7連覇を達成。パラリンピックには84年のニューヨーク・ストークマンデビル大会から92年のバルセロナ大会まで3大会連続出場を果たし、98年の長野大会開会式では競技場内の聖火リレーの最終ランナーを務めた。
日本人車いすランナーとして初めてマラソンの世界記録と日本記録を突破、2時間の壁を破るなど記録と記憶の両方に残る活躍を見せた。競技の第一線を退いた現在は、後進育成やスポーツを通じた社会貢献、講演等を行っている。